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40代うつ病主婦のつぶやき

2015-03

母方の祖母と叔母たち

母方の祖母と叔母たちからも、かなり苦しめられた。

今は、私がうつ病だと知って「何かできることはない?」と

時々電話をくれる。

でも、子供のころは口を開けば説教の嵐。

悪いことをしてなくてもグチグチと説教。

大人になって気づいた。この人たちの話し方は相手が不快を感じる口調

なんだと。

声のトーンから話す速度、使う言葉がすごく責めている感じ。

そして必ず「あんたは一番上なんだから」

私が人に萎縮するのは父以外にこの人たちの存在が

あったから。
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不登校

小学校5年のとき、いじめが始まった。

相手はたった一人だけど、周りは見て見ぬふり。

原因は給食の野菜を食べないから。

当時は、私が感覚過敏症であることを知らなかった。

だから、親・親戚・周りの人は食べず嫌いと思っていた。

口に入れても飲み込めない、匂いだけでえずいてしまう状態を
誰も理解してくれなかった。

母も先生も助けてくれなかった。

「野菜食べないなら他のおかずも食べるな」と言われたこともあった。

そして食べなかった。先生はいじめっ子には何も言わず、私には食べていいのよと。

本来なら、いじめっこに注意するのが教師では?

そんなことが続き、朝になると「おなか痛い」「吐いた」といって

休もうとすることが多くなった。(実際本当におなかが痛かった)

母の自殺未遂

ある日の夜中、私は人の話し声で目が覚めました。

父親が酔っ払いながら母に離婚を迫っているのでは、
暴れだすのでは・・・と不安になり布団から出ました。

そこには叔母夫婦(母の妹)がいて、何やら父親をなだめて?いる様子。

父は叔母夫婦に母の不満や母をバカにする発言をしていました。

その中の会話で、「こいつ、縄跳びで自分の首絞めて苦しいとか言ってんだぞ。バカだろ」

私は母が自殺未遂をしたことを知りました。ショックでした。

母は自殺を考えるほどになっている。母が死んだら、
私たち子供はこの恐ろしい父親に支配されて生きていくことになるの?
という恐怖と絶望感。

母がいなくなるなんて嫌だという悲しみ。

私はますます不安障害が強くなり、学校へ行っても母が生きているか、
を出て行ったりしてないか気が気でありませんでした。



言うことがコロコロ変わる児童相談所

児相と話をしてきました。

一時保護の時 施設に入れることを承諾すれば面会をさせる。
            ↓
施設入所の時 施設に入れたら再統合プログラムを作る。
            ↓
今回の話し合い 帰してもいいと判断したら再統合プログラムを作る。

嘘ばかりです。こちらが何もできないからって話が違います。
(毎回、録音してあるんです)

こうやっていろいろ理由を付けて結局は帰さないつもりなのでしょうか・・・

児相による子供の拉致まがいの一時保護という噂も本当なのでは?

アダルトチルドレン

毎日、父親の存在に恐怖を抱きながら過ごしていましたが、

母に対しても大きな不安を抱えていました。
「見捨てられ不安」です・

私が学校に行ってる間に、私達子どもを置いて出て行ってしまうのではないかと
気が気でありませんでした。

授業なんか真剣に受けていられません。

あれこれ嘘の理由を作って早退しようとしましたがうまくいかず・・・

学校が終わると走って家に戻り母がいることを確かめホッとする日々でした・

外泊の許可がでました

春休みに2泊3日の外泊許可が出ました。

私一人だと子供とは一緒にいさせてもらえないのです。

だから、夫が週末仕事を少し早めに上がって2泊できるように
しました。

娘の誕生会をする予定です。

お墓参り

母のお墓参りに行ってきました。

父親とは違うお寺に入ってます。
散々な結婚生活だったので、死んでからも一緒にするのは・・・
と思い別にしました。

私を含めた弟妹たちもお墓を継ぐ気はないので永代供養です。

正直、供養という気持ちはありません。
母からも虐待を受けましたので。

ただ、母の人生には同情します。




思うようにいかない

季節の変わり目か最近気分が落ち込みます。

ショックなことが起きたわけでもないのに涙があふれてきます。

更年期障害も始まりつつあるのかな。

ブログの勉強とか、家事とか、部屋の片づけ。
眼病のことがあるからPCに向かう時間は限られてるし。

やることはたくさんあるんですけどね。

やる気スイッチは自分で探すしかないのかな。


楽しくないけど笑顔

毎日一人で過ごしてます。

友達もいない。子供は施設。夫とも必要最低限の会話。

そのうち日本語忘れちゃうんじゃないかなって。

なので、顔の表情は微動だにせず(・_・)

楽しくも嬉しくもないけど洗面台に向かうたび笑顔つくってます。

我が家が貧困なわけ

私は20代前半で結婚しました。

その時夫には500万のローンがありました。
私と付き合う前に訪問販売に引っかかったのです。

早く実家を飛び出したかった私は、承知で結婚しました。
夫の給料でやっていけるかシュミレーションをしたうえでの決断です。

結婚しても実家に仕送りをしていましたが、私が体を壊して退職。

少し良くなったころパートも探しましたがなかなか見つからず、
周りは子供・子供うるさく。

不妊治療もしましたが毎月5万くらいかかりました。5年ほど。

治療費と実家の仕送り。遊びにも行かずカツカツの生活でした。

数年後パートも見つかり、治療を辞めたら妊娠しました。

二人目出産後もパートを続けるつもりでしたが、産休をもらえず専業主婦に。

二人目出産後4か月で、弟妹や母の親戚から寝たきりの母の介護を
押し付けられ、ますます身動きが取れない状態に・・・

その後私は鬱と診断。
診断されたころ、とても重症な状態で夫は何回か欠勤や早退をしていました。
そして、診断から一か月後「自主退社」を要求されました。

一年以内に転職できましたが、給料は下がりもはや私の障害年金あってこその
生活です。

外食もレジャーもありません。習い事もさせてあげられないほどカツカツ生活です。

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40代うつ病主婦です

めめこ13

Author:めめこ13
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40代主婦 私が鬱になり夫が自主退社に追い込まれ極貧生活
過去から日常まで自分の気持ちを吐き出し
見つめなおすブログです。

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